浄運寺のしおり

●名称 井上山浄運寺      ●宗旨 浄土宗
●本尊 阿弥陀如来       ●開基 角張入道成阿弥陀仏
●開山 寂蓮社寿長不乱大和尚  ●草創 建保二年(1214年)


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第一義

浄運寺は建保2年(1214年)に法然上人の弟子である角張入道成阿弥陀仏(かくはりにゅうどうじょうあみだぶつ)が開き、不乱房寿長上人が初代住職となった、およそ800年の歴史を誇る、長野県で一番古い浄土宗寺院です。角張入道は地元、須坂市井上の出身。法然上人に常髄近侍し、上人四国流罪の際に輿(こし)をかついだと伝えられている人で、師法然上人赦免後、信州に帰って浄運寺を開基されました。


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以来歴代住職は、十五世俊観上人が会津の井上浄光寺を建立したのをはじめ、川中島合戦後二十七世梵誉上人が綿内の正満寺、二十八世皇誉上人が福島の浄国寺、そして三十一世勝誉上人の法弟が米持の西蓮寺を建てて末寺とし、念仏信仰を広める根本道場として現在にいたる歴史を刻んでいます。緑に囲まれた七千坪の寺域に七堂伽藍が整然と位置し、別格河東の三運寺の一つに数えられた名刹であります。

車の通りを折れると600メートルにわたる大門がリンゴやブドウ畑の中をまっすぐに延びています。途中には仏教があらゆる教えの究極、最高の真理であることを表す「第一義」の碑があります。

やがて小高い山のふもとにさしかかると、仁王門が建ち、山寺の雰囲気を伝えています。仁王門の横には、角張成阿上人古塔碑が建立されています。敷石を進み、江戸時代の念仏僧・徳本行者の南無阿弥陀仏の名号碑を左手に見て、四十八段の石段を登ると、本堂は寛政6年(1794年)に再建された、間口十三間欅造りで、欄間の十六羅漢・二十四孝の彫刻は亀原和田四郎作りです。


寺は平安時代から400年にわたりこの地を治めた井上氏の帰依をうけて発展、井上氏の拠点である井上城も寺の背後の山頂に築かれていました。さらに、松平氏が寺領を寄せたことから、寺紋も徳川葵となり、家康公、秀忠公の位牌が安置されています。


また、本堂の左わきには六角堂(釈迦堂)が静かに佇んでいます。
寺には徳本上人や俳人小林一茶など昔から高僧、文化人が多く来山しており、最近では大本山増上寺法主の大野法道台下、善光寺上人一條智光台下、鷹司誓玉台下、また作家の井上靖、中野孝次、評論家の山本健吉氏らが訪れています。

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寺は日々法務に勤めるほか、寺報、経本、小冊子など各種印刷物を発行。またお経の勉強会、花まつり、観桜会、講座「無明塾」の開催、全員参加方式の法要などを通じて、時代に即応したさまざまな活動を行っています。